挙式から3年経って思うこと

私のこころのこと つぶやき


「おかんは、もしかしたらあの時
もうわかってたのかもしれないなぁ」

先日、夫がそうつぶやきました。

早いもので、
義母が亡くなって半年が過ぎました。

「喪中はがきを準備しよう」と、
私がネットでテンプレートを探していたとき
夫が言ったのが、冒頭の言葉です。

「あの時」というのは、
私たちが挙式した時のこと。
ちょうど3年前の11月でした。

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挙式したときのお話は、
別ブログを作って
詳しく書きました。
すでに更新はしていないブログなのですが、
ありがたいことに毎日
たくさんのアクセスをいただいています。
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3年前、私たちは北海道に住んでいました。
挙式は、夫の実家がある大阪で行いました。

身内だけの、ごくごく小さな式でしたが
北海道~大阪と、距離があったこともあり
打ち合わせや準備などはそれなりに大変でした。

でも、今となってはやはり
「やってよかった」という気持ちが強いです。

私たちはもともと、結婚式に対して
「憧れ」というものが全くといっていいほど
ありませんでした。
結婚式という形にとらわれず、
フォトウエディングとかもいいよね、などと
話をしていました。

でも不思議なことに、あの時はなぜか自然に
「身内だけで、小さい式を挙げておこう」という
流れになったのです。

こちらのブログにも書きましたが、
「”私たちは、これから二人で
助け合って生きていきます”という姿を
それぞれの親にちゃんと見せよう」という思いが
夫と私の中に出てきたのでした。

ありがたいことに私は、
義母にとてもかわいがってもらっていました。

義母の口癖は
「いつも助けてもらってありがとう。
息子のこと、これからもお願いしますね。
あなただけが頼りよ~」でした。

そんな義母は挙式当日、
タキシードとドレスにそれぞれ身を包んだ
息子(夫)と私を見て、
「感無量やわぁ・・・」と
大粒の涙を流してくれました。

挙式開始時間前から
そんな感じだったので、
会場スタッフの方が
「お母さま、まだ泣くのは早すぎます~」と
笑わせてくれたことを、今でも思い出します。

そして、挙式からわずか半年後の
2013年夏。

義母の病気が判明しました。
深刻な状態でした。

病気に加え、認知症も発症したため
徐々に私たちのことを「息子夫婦」だと
認識できなくなっていきました。

夫は職場に異動願を出し、
もちろん私も一緒に大阪へ転居。
できる範囲ではありますが、
義母のケアをすることになったのでした。

やはり、3年前のあの時期に
挙式をしたことは、
ベストなタイミングだったのです。

そして、私たちに
「挙式をしよう」と決意させてくれたのは
もしかしたら義母だったんじゃないかな、とも
思うのです。

義母の口から直接、
「結婚式をしてほしい」と聞いたことは
一度もありませんでした。

ただ、もしかしたら義母は
自分の未来のことを見据えていて、
「息子夫婦の晴れ姿を見ておきたい」と
念じていた。
その思いを私たちがキャッチした結果、
「式を挙げよう」という気持ちに
変わったのでは?・・・と。

そんな不思議なこと、
本当にあるのかな?という気もしますが
私たちの気持ちが変わった理由が
ほかに見当たらない以上、
それしか思いつかないのです。

だとしたら、ほんの少しは
親孝行できたのかな・・・?

結婚は「ゴールではなくスタート」です。
結婚式は、その決意表明のようなもの。

当然のことながら、挙式という形にこだわらなくても
しっかりスタートすることはできます。
だから、挙式も「絶対にしなくてはいけない」
というものではないと思います。

ただ、私たちの場合はやはり
式を挙げてよかったです。

甘いものと、「いいちこ」と、
カラオケが大好きだった義母。
今ごろはあちらの世界で、
好きな歌を歌いながら
おいしいものを食べてるのかな。

お義母さん。
こちらも、仲よく楽しく過ごしてますよ♪



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